よるくも

普段から漫画を読むのが大好きなのですが、最近読み直して改めてこれは人に勧めたい、と思った漫画「よるくも」についてお話します。
ネタバレ注意です。





よるくも
漆原ミチ
IKKIコミックス



青年系漫画で、5巻で完結しています。背表紙に薄い文字でタイトルが書いてあるので、少し探しにくいかも…。

お金持ちが住むことのできる「街」、貧しいものの住む「畑」、そして無法地帯であり狂ったものたちが生活する「森」。そんな格差のある社会で、「畑」の料理屋の娘として働く高岡キヨコを中心としたストーリーです。
キヨコはお父さんを亡くしており、母親と二人で料理屋を営んでいます。安くてうまい飯を食えるお店をモットーに頑張っているキヨコ。そんな中、数いる常連のうちの中田さんが、ある日青年を連れてきます。小辰と呼ばれたその男とキヨコ、そしてお母さん、中田さんや森の「王子」と「姫」、人と人との感情や動きが絡み合って進んでいく、ドロドロした物語です。





このお話ではキヨコが中心になって展開されていきますが、出てくるキャラたちがキヨコも含めてみんなどこかおかしいです。小辰は感情を持たない、痛みのわからない人間。中田さんは目的のためなら手段を選ばない一番たちの悪い人間。王子はただ認められたいだけの哀れな人間。百は行動が異常な人間。そして、キヨコは独りになりたくない人間。人間の持っている欲が、各キャラに分散されているような感じです。それ故に、それぞれに共感できてしまうから読んでて苦しいです。

差別のある社会で、唯一差別をしないキヨコは、その心理は「独りになりたくない」というところから来ているところに気付いてしまうというエピソードがありました。誰もがその思いを持っていると思うし、無条件で愛を注ぐ「家族」という存在の大切さを、キヨコを通して見ることができます。人は誰からも愛されないで、孤独で生きていくことなんでできません。家族を失い、愛を受ける人がいなくなったキヨコが、新しい「家族」に必死で縋る姿はとても人間らしく、胸を打たれました。その人が愛しいのではない、でもいなくては生きていけない。それは人間は孤独だと生きていけないからなのだ、ということを考えさせられました。


そして小辰。彼は痛覚がなく、学もない人間でした。感情もなく、欲もない。あるのは育ててくれた中田への忠誠心と、暗殺の知識だけ。こう聞くととても可哀想な人間に思えますが、彼が育ってきたのは「森」で、なんでもやりたい放題の「森」は道徳なんてないような世界です。そんなところで生きてきた彼が知識をつけて、うまい肉を売るための豚の餌は人間の死体の肉を使っている、ということがどういうことかをわかってしまったら、それは幸せと言えるのだろうか。このテーマもとても重いものでした。
それに加えて、小さい頃から暗殺をしてきたり、死んでもどんどん新しい(「森」で奴隷のような扱いを受ける)子供達が現れる、という世界で生きてきた彼の、「殺してもまた新しい人が現れる」という間違った常識に気づく過程が、とてもドラマティックに描かれていました。自分が生きるために、他のものの命を食って繋ぐことの大切さ。当たり前だけど、でもとても大切なテーマです。純粋な彼が、日常に行われている、食べることや愛することなどについて疑問を持って考えて結果を出していくのを見て、日常について考えることの重大さというか、そういったものがひしひしと伝わってきます。



そして森の主たちである王子と百。私は、この作品で一番まともな感性をもっているのは百だと思っています。百は興奮するとすぐ鼻血を出したり、虫を引き連れて歩いたり常識を知らなかったりするので行動は異常ですが、人間の人間らしいところを見るのが好き、というその感性は普通だと思いますし、そこが愛しいと言える彼女はまともなんじゃないかと思います。普通の顔して人殺しをするような人と比べればほんとうにまっさらというか、素直な人間なんじゃないかと。
人を素直に愛することができないキャラばかりのこの漫画の中で、唯一素直に愛情表現が出来る彼女は、読んでいて好感を持ちました。……あくまで私の感想ですけどね。笑




巻数は少ないですが、濃い内容と世界観と魅力的なキャラクターたちにどんどん引き込まれる作品です。おかしいのはわかっているのに、それでもキャラたちを嫌いになれないのは、みんながみんな必死で、人間くさいからだと思います。深くてドロドロしたお話が好きな方、そしてグロいのが大丈夫な方にはとてもおすすめです。一巻だけでもいいのでぜひ読んでみてください。きっと続きが気になってきますよ。笑